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No Rainbows, No Ruby Slippers, But a Pen

本ブログでは研究関連で読んでいる書籍、(新作)映画作品の紹介、日々の考察を中心に共有していきます。また、漫画、アニメ、小説、写真、絵画などについても感想などを述べていけたらと思っています。

岩崎昶『ヒトラーと映画』(1975年、朝日新聞社)pp. 120~136

映画

今週末から始まる集中講義に向けて事前に配布された資料の中に、岩崎昶の『ヒトラーと映画』から120〜136頁を抜粋したものがある。岩崎昶(1903-1981)は映画批評家で映画製作に携わっていた。映画に関する著書も多く、今回のリーディング・アサインメントはその一部が使われている。

 

ヒトラーと映画 (朝日選書 39)

ヒトラーと映画 (朝日選書 39)

 

 

今回抜粋された部分は、ヒトラーが1936年開催のベルリン・オリンピックをとおしてどのようにスポーツを政治的に活用したか、についてレーニ・リーフェンシュタールが監督したOlympia (1938年)の製作背景と映画作家としてのリーフェンシュタールの特徴を簡潔に述べている。Olympiaは二部構成になっており、第一部が『民族の祭典』、第二部が『美の祭典』である。

 

僕は第一部だけ見たことがあったんだが、リーフェンシュタールについて詳しく知らなかった。リーフェンシュタールは元来舞踏家であり、『聖山』Der heilige Berg (アーノルト・ファンク、1926年)やそのほか何本かの映画に出演している。Olympiaを監督する前には、『青の光』Das blaue Licht(1932年)、『信念の勝利』Sieg des Glaubens(1933年)、『意志の勝利』Triumph des Willens(1935年)を撮っている。ヒトラーが彼女にベルリン・オリンピックの映画を撮らせると決意したとき、リーフェンシュタールヒトラーの愛人であったと噂になったという。

 

リーフェンシュタールが女性であったことは、当時ドイツの宣伝相であったマクダ・ゲッベルスによる批判の対象となり、ゲッベルスはことごとく撮影の邪魔をしてリーフェンシュタールを困らせたようだ。ゲッベルスの嫌がらせに悩むリーフェンシュタールを助けようとヒトラーが提案を出すが、彼女は自分の意見を貫き通した。

 

彼女の作家性は、党大会ドキュメンタリー『意志の勝利』においてすでに顕著であった。岩崎は以下のように指摘する。

 

「まず対象のなかから映像として美しいものだけを選び出す。それをもっとも美しい光の下で、もっとも美しい側面から、画面にとらえる。その条件にはずれたショットは構成や内容のうえからいかに重要不可欠のものであっても全体のなかに組みこまない。露出が適正であり、カメラ・アングルが適正であり、対象の動きが適正であるものだけが採用される。被写体を演出し制御することができず、ただ選択することだけが可能なドキュメンタリーであるから、彼女はそのなかで最大の可能性と多様性とを手に入れるために同時に数十台のカメラをあらゆる角度から使用する。ダンサーであった彼女の天性と経歴とによる平凡なリズム感と動的本能とが、映画とは畢竟するに視覚的流動であるという理論に裏づけられて、リズム的モンタージュに最大の重点を置かせる。動きから動きへの転換によって生まれる快い律動、飛躍、陶酔、それが彼女のモンタージュの原則である」(127-128)

 

このような創作態度を備えていたリーフェンシュタールは政治的思想からは距離を置き、大会とそこに集まり熱狂する群衆から発せられるエネルギーに魅了され、それを映画に反映させた。岩崎は、リーフェンシュタールの態度を「すべて感覚的なもの」とし、「いかにも女性的な動機であった」と結論づけている(128)。はたして「女性的」という表現がジェンダー的にどのような意図で使われているか定かではないが、あまり良い印象で用いられているわけではなさそうだ。

 

女性映画作家としてのリーフェンシュタールを形容する岩崎の言葉は時折違和感を抱かせるが、しかし、彼女のOlympiaが現在もドキュメンタリー映画史上の傑作の一つであるという指摘には同意する。実際、彼女のあとにオリンピックを対象とした映画は作られているが、おそらくOlympiaを越えた作品はないのではないか。

 

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 2020年に東京オリンピックが開催予定だが、誰か映画撮影するんだろうか。