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No Rainbows, No Ruby Slippers, But a Pen

本ブログでは研究関連で読んでいる書籍、(新作)映画作品の紹介、日々の考察を中心に共有していきます。また、漫画、アニメ、小説、写真などについても感想などを述べていけたらと思っています。

メモ:映画研究における法律と道徳の影響とは

指導教官と話をしている際に刺激的な意見を頂いたので、書き留めておこう。

 

映画研究において、研究者は同時代の社会を統制する法律や道徳についてどれほど考慮すべきなのか。法律や道徳、社会にはびこるイデオロギーが研究者の作品解釈・分析にどう影響するのか。

 

木下恵介の映画作品を読み解くため、家族論とジェンダー論がよく用いられる。長部日出雄著『天才監督木下恵介』は、木下恵介の幼少期から、助監督時代、監督時代、そしてテレビ産業に携わりながら、彼が晩年をどう生きたのかを詳細にまとめている。両親、特に母親を愛した木下にとって、家族という存在が何を意味するのかについて、長部の著書と木下が生きた時代を分析する家族論を並行して読むことで、ヒントをつかむことができるかもしれない。

 

石原郁子著『異才の人 木下恵介--弱い男たちの美しさを中心に』は、ジェンダー論を用いた木下恵介論として有名である。男性性とは、女性性とは何か、という問題について木下恵介の12本の作品を通して分析している。中でも、日本最初のゲイ映画とよばれる『惜春鳥』の分析は特筆すべきである。戦時中、戦後に木下が描いた男性は、強いのか、弱いのか。また、男の強さ、弱さとは何なのか。石原の文章からは、映画が制作された当時の日本社会が男性に求めた(または、求めていたであろう)男性性を疑問視する印象もうける。

 

さて、この研究メモの題名にもあるように、映画研究にとって研究者が生きる社会の法律や道徳の影響を今一度考え直す必要がある。これが正しいか否かは分からないが、研究者が論文を書く時、彼らが生きる時代の社会で共通概念として一般的にあるイデオロギーの影響を少なくとも受けている。言い換えれば、時代や社会が容認しない内容の研究は、極めて難しく、注目されることも稀ということではなかろうか。例えば、ある映画作品をジェンダー論やクィア理論を用いて分析することができるようになったのは、少なくとも日本においては、この十年ほどくらいではないだろうか。その意味において、1999年の時点で石原が『惜春鳥』をゲイ映画として捉えて論じたことは大変興味深く、彼女の分析が当時の日本社会にあった同性愛への偏見や差別、道徳観をどう乗り越えてい(もしくは、乗り越えられなか)ったのか、これからの研究者の手によって分析され、そして刷新されていかなければならないだろう。

 

 大学の図書館に木下恵介コンプリートBOXが納品されて興奮している。

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