Postwar Japan in Film: 8th week
"Postwar Japan in Film"の第八週目授業では、周防正行『Shall we ダンス?』(1996年)を通して、1980、1990年代の特に団塊世代のサラリーマンブルーや趣味について議論した。
映画の予告編はこちらから。
Shall We Dance? (1996) trailer - YouTube
2004年にピーター・チェルソムによってリメイクされた本作は、前回の『マルサの女』同様、テレビで何度も放映されている作品だ。役所広司と草刈民代がボールルームで最後に踊るダンスシーンが好きだ。
さて、前述した通り、今回の授業では団塊世代後期にあたる役所広司演じる杉山らサラリーマンが、1980年代、1990年代に経験したとされるサラリーマンブルーに注目した。劇中、役所広司が草刈に本心を告白するシーンでは、20代後半で結婚し、健康な子供にも恵まれ、順調に仕事をしてマイホームを買うレベルまでに達したが、マイホームの購入後、何かが変わったと打ち明ける。
焼け野原になった日本を再建した人々の子供らにあたる団塊世代は、戦争の辛さを覚えているには若すぎず、戦後日本を支え、日本再建に貢献したという意識が薄いとされる(この点に関しては、もっとリサーチが必要)。ベイビーブーマーたちが受け継いだのは、戦後のconsumerismであり、マイカーやマイホームを持つことを働くことの意義、夫や父としての自信へと直結して考える傾向にあった。
それらの目標を達成したサラリーマンは、それ以上の目標を持つことができず、以前のように仕事に生き甲斐を感じることができなくなってしまう。「生きていること」を実感するために、仕事以外に打ち込めるものを見つけることで、精神的な充足を安定を図る。退職したお父さん方が、バズーカ砲みたいなカメラを持って、せっせと自然や電車の写真を撮影しに行く行為は、何か生き甲斐を見つけようとした結果だと考えられる。
「マイホーム購入等の目標を達成したのであれば、他に趣味を見つけるのではなく、家族ともっと時間を過ごせばよいのではないか?」という意見が学生から出た。この問いかけに対して、僕も同意するところはある。しかしながら、マイホーム購入に向けて一心不乱に仕事に打ち込んできた人間は、『Shall we ダンス?』の役所広司のように、家族と接することを苦手とする場合が多いのではないだろうか。それゆえに、家族とのコミュニケーションではなく、家庭の外で何かしら熱中できるものを見つけようとしてしまう。結果、家庭での父の不在が継続される。
『Shall we ダンス?』は家族関係に希望を与える瞬間も提示する。ダンス大会に家族が来ていることに気付き、失敗をしてしまうシーンの後、役所はダンスから身を引く。そんな彼を心配した妻昌子(原田日出子)は、草刈民代を送るパーティーに出席するように言うが、役所は彼女に冷たくあたる。けれども、娘に説得され、自分がマイホームの庭の芝生の上で妻とぴったりと体をくっつけてステップを踏むことで、家族を愛していること、そしてダンスが好きだということを再認識する。
サラリーマンにとって趣味とは一体何なのか?夫がゴルフや写真撮影にまるで命をかける様子に呆れる妻もいるだろうが、、退職後にその趣味さえも奪い取られ、無力化した夫たちは「粗大ごみ」と呼ばれる時代もあった。それは今も変わらないのかもしれない。
本作の中で触れられるデボラ・カーのダンスシーンはこちらから。
Yul Brynner and Deborah Kerr perform "Shall We ...