No Rainbows, No Ruby Slippers, But a Pen

本ブログでは研究関連で読んでいる書籍、(新作)映画作品の紹介、日々の考察を中心に共有していきます。また、漫画、アニメ、小説、写真などについても感想などを述べていけたらと思っています。

書評会『夕焼雲の彼方に──木下惠介とクィアな感性』を終えて

 2022年9月21日、京都大学映画メディア合同研究室に書評会『夕焼雲の彼方に──木下惠介クィアな感性』を開催いただいた。3月末に出版した拙著に関する書評が出版から約半年経って出始め、この書評会はその一つだった。書評者を務めてくださったのは、日本国内のクィア・シネマ・スタディーズの第一人者である菅野優香先生(同志社大学)だ。博士後期課程から色々な機会で関わってきた方からコメントをいただくのは緊張したが、概ね好評をいただけてホッとした。

 拙著は博士論文をベースにしたものであるが、修士論文で書いたホームムービー論からも大きな影響を受けていることが今回の書評会でも改めて明らかになった。修士論文公聴会で「異性愛規範・家族至上主義を再生産・強化してしまうのでは?」という指摘から博士後期課程での研究がスタートしたことを思い出す良い機会になった。2016年に木下惠介のホームムービーの長尺版を発見したものの、博士論文ではそれを含めることができなかったため、拙著では書き下ろしで一章分を書いた。

 商業映画だけでなく、アマチュア映画も分析に加えることは、分析アプローチを再編することを意味した。木下がホームムービーを撮影した1949年までとその後に製作した商業映画をどのようにくっつけて、どのような物語を作り上げるべきか、かなり悩んだ。出版のギリギリまで書き直した箇所だったのだが、その点をうまく評価いただけたのが嬉しかった。

 

 もちろん、書評会を通じて残った課題はある。

・愛とはなんなのか。愛をどのように語ることができるのか。

・感性とはなんなのか。非常に定義しづらい概念であるため、もっと理論的にしっかり説明できるようにした方が良い。ジャック・バブーシオが提唱した「ゲイ的感性(gay sensibility)」とどのように異なるのか、共通点はあるのかなど。この点は査読論文で書いていたんだけど、拙著では削除した箇所だった。残しておけばよかったな。

・副査の先生からはテクスト分析をもっと精密化させるように助言をいただいた。精進するぞ。

 

 書評会にて、博士論文のテーマを決めるときに将来の就職についても考えたと触れたが、その点についてQ&Aで詳述しなかったので書いておく。

 博士後期課程に進む段階で、将来的に大学で働きたいと思っていたので、どのように自分を売り込むかという点は考えないといけなかった。日本国内では映画学や映像研究で就職できる大学の数は非常に限られている。そのため、学位を取った後にどの分野で職を得るかという点が課題になる。

 僕は修士でホームムービー論を書いたが、ホームムービー研究で常勤職を得られるとは想定できなかった。もちろん、現在は映像アーカイブへの関心は高まっているし、国立映画アーカイブなどでの就職もあり得るかもしれないし、IMAGICAのような民間企業を狙うこともできるだろう。

 博士後期課程に進むにあたり、学部時代の指導教員からは作家論を推奨された。作家主義は国内外で批判というか、反省点も多い分野だとされる場合もあるが、作家論を軸に、その作家がいた時代の映画(産業)史を学べというのが指導教員の意図だったかと思う。ただし、Jrec-Inを見れば分かるように、例えば「小津安二郎論で教員を採用する」なんてことはあり得ないので、何を対象に研究するかというより、何かを対象に研究するためにどのようなアプローチを使うかという点が大事になった。

 すでに常勤を得ていた映画研究者からも、久保さんの場合はジェンダーセクシュアリティの視点を扱うことで、将来的に自分の研究をアピールしやすくさせることもできるだろう、と助言を受けていた。その時は「そんなもんかー」と思っていたが、この助言は効果的だった。

 実際、僕が現在働く金沢大学の公募は映画研究での公募ではなく、アメリカ文化を中心としたポピュラーカルチャーについて、ジェンダーの視点を通じて論じられる応募者を求めていた。僕は日本映画研究者だから、アメリカ文化は無理でも、ジェンダーは該当するかもしれないから挑戦しよう!と思い公募に出したのが始まりだった。修士や博士の時は、なんでもかんでも手を出すのはまずいが、もし将来的に大学での就職を検討しているのであれば、自分のフィールドや自分と類似したフィールドでの公募にどのような条件が求められているのかを調査しておくのは大事だと思う。

 

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