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No Rainbows, No Ruby Slippers, But a Pen

本ブログでは研究関連で読んでいる書籍、(新作)映画作品の紹介、日々の考察を中心に共有していきます。また、漫画、アニメ、小説、写真、絵画などについても感想などを述べていけたらと思っています。

木下惠介の誕生日

12月5日は、僕が研究対象にしている映画監督木下惠介の誕生日だ。1912年生まれなので、もし今も生きていたら104歳になっていた。ちなみに弟の忠司さんは今年で100歳。100歳記念パーティに参加したとき初めてお会いしたのだけど、忠司さんは今もパワフルだ。

 

木下惠介記念館に行くと、惠介さんが残した言葉が記された垂れ幕が飾ってある。展示によって垂れ幕の数が少なくなっていたりするのだけど、僕が見かけてぐっときたものが一つある。メモを取り忘れたのできちんと覚えていないのだけど、自分が死んだ後に自分のことを書いてほしくない、みたいな内容だったと思う。恵介さんの助監督だった横堀さんの『木下恵介の遺言』(朝日新聞社、2000年)には次のように書いてある。

 

 木下さんは撮影現場でぼくを怒鳴りまくっていたころ、言ったことがある。

 「誰かが死んじゃったあと、なんだかんだとその人をわけ知り顔に書く奴は、みんな根性が卑しいんだ。ボクは、小津さんや渋谷実さんや田中絹代さんのこと書いたもんなんて、絶対読みたくないし読んだことさえない。お前、そんなもの決して書くんじゃありませんよ」

 ぼくはいま師の遺志に反したことをしてしまった。(217)

 

垂れ幕に書いてあったのは、「誰かが死んじゃったあと〜卑しんだ」の部分だったと思う。僕自身は惠介さんにお会いしたこともないし、彼について知る術は彼が書き残したもの、インタビュー(映像)、あるいは他人による伝記くらいしかない。あとは彼の作品だけ。僕の博士論文は惠介さんの人となりを論じるものではないので、主に作品だけを見つめて書いている。それが成功するか、失敗するかは正直分からない(できれば成功してもらいたい)。ただ、惠介さんに怒られてもかまわないから、映画作家としての彼の本質をさらに拡大して論じて、多くの人に彼の作品の魅力を伝えられれば嬉しい。慎重に、けれど大胆に、書き続けたい。

 

博論が終わったら、惠介さんのお墓参りに行くことをずっと前から決めているから、近い将来実現したい。