no. 11 Birthday (Hilal Baydarov, 2018)
誕生日を独りで過ごす老女の一日を描く。セリフは一切なし。あらすじを読むと、夫を亡くしてしばらく経った老女が主人公で、彼女の誕生日なんだが、巣立っていった息子たちからすらも電話がかかってこず、掃除をしたり料理をして一日をただ過ごす。
no. 12『アジアは一つ』
石垣島のあまくま座にて鑑賞。
no. 13『This is I』(松本優作、2025年、Netflix)
はるな愛の実話をもとにした作品。衣装や照明も良かった。
no. 14『首里劇場ノスタルヂア』(2022)
2019年に訪問した首里劇場。三代目館主が急逝されてから首里劇場は取り壊されてしまった。終戦後、首里公民館から首里劇場へとなり地域の催しを支えてきた歴史であったり、ポルノ上映を始めた後の状況、戦後の建築物として歴史を残すことの意義について垣間見れる20分間のドキュメンタリー映画。
no. 15『ほどなく、お別れです』(三木孝浩、2026年2月6日)
喪と映画の歴史についても研究していることもあり、原作を読んで気になっていた作品。基本的に短編ベースで話が進むんだが、北村拓海が出演していた若い父親の話が切なかった。パンフレットを買いたかったものの、ユナイテッド・シネマ金沢では売り切れだったのか置いていなかった。まだ公開からそんなに経ってないんだけどな。
no. 16『続十代の性典』(佐伯幸三、1953年5月27日)
戦後に流行った性典もの映画の一本。『十代の性典』は三作あって、若尾文子が全作品で名前や役柄の異なる主人公を演じている。「不潔」や「衛生」に関する話が一つの軸にある。セックスしたい盛りの男子大学生の体臭が画面から伝わってくる。キスをされて電気ショックを受けたように止まってしまう女性身体、年上の着物姿女性に抱かれて収縮する若い男性身体。性典もの映画に関する議論では女性表象の話がよくあるけれど、男性とその身体と視線の話もそろそろする必要があるよね。「またおいで」が呪いのように聞こえる。牧場でくるくると男女の身体が転がっていく描写はなんか書けそう。月経の話の後、体育の授業中に校庭で縄跳びをする場面がある。
no. 17 Before Stonewall (Greta Schiller & Robert Rosenberg, 1984)
次の本のために再視聴。歴史の勉強になる。
no. 18 Heightened Scrutiny (Sam Feder, 2025)
トランス男性である弁護士チェイス・スランジオによる反トランスジェンダー法に対する訴訟とその勝利までの過程を追ったドキュメンタリー映画。ニュースフッテージやTalking head styleを使ってる。Trans sensibilityという概念がストランジオの働き方においてどのような役割を果たしているのか。(ヘルス)ケアにおけるトランスフォビアやバイアスの存在。反トランスジェンダー法は子供を守るためだという主張もあるが、実際には大人も含めたトランスコミュニティへの制度的な差別であることがインタビューから語られる。この映画は、インタビュイーたちがカメラに向かって涙を浮かべる瞬間を静かに撮影する。まるで涙を待っているかのようにも思えるが、トランスジェンダーの人々が置かれた状況を語る行為においてなぜ涙が流されるのかについて、観客に問いかけているようにも見える。Gender affirmationにおけるタトゥーの意義についても考えさせられる。
no. 19『蟹工船』(山村聡、1953年9月10日)
小林多喜二の小説を原作とした作品。映画倫理規定の審査記録を読んだら面白い記述があったから見直した。
no. 20 Hoppers (Daniel Chong, 2026)
『私がビーバーになる時』、最高に面白いヒッチコック映画でありサメ映画であった。